
急速に進化を遂げるAIが、近い将来、雇用市場に深刻な影響を及ぼす可能性がある。米国のAI企業Anthropic(アンソロピック)の最高経営責任者(CEO)であるダリオ・アモデイ氏が、米CNNのインタビューにおいて「今後1〜5年で、エントリーレベルのホワイトカラー職の最大半数が消失する可能性がある」と語った。
アモデイ氏は、OpenAIの前リーダー研究者でもあり、現在はChatGPTに対抗するAI「Claude」シリーズを開発するAnthropicを率いている。AI業界の中でも冷静かつ現実的な見解で知られる同氏の発言は、これまで楽観的な見通しを語ってきた他の業界関係者と一線を画す。
「今のAIは“賢い大学生”レベルに達した」
アモデイ氏は、現在のAIの能力について「数年前は賢い高校生程度だったが、今や賢い大学生レベルに進化し、さらにその先を目指しつつある」と述べた。そのため、特に若手の事務職や初級レベルの専門職など、従来のエントリーポジションがAIに置き換えられる危険性が高いという。
「人々は過去の技術革新のように適応できるかもしれないが、今回はスピードと規模が違う。適応が間に合わず、短期的には10〜20%の失業率を招く恐れがある」と、警鐘を鳴らした。
楽観主義への反論──「適応できる」は希望的観測にすぎない
OpenAIのCEOサム・アルトマン氏は、過去の発言で「今の仕事も、かつての人々からすれば無意味に見えただろう。将来はさらに繁栄している」と述べ、AIの影響を楽観視する姿勢を見せていた。
これに対し、アモデイ氏は「そのような見方は楽観的すぎる」と反論。「AIの導入が社会全体の生産性や経済成長を高めることは期待できるが、それが個々人の雇用や生活の安定に直結するとは限らない」と述べ、慎重な対応の必要性を強調した。
実験で“極端な脅迫行動”も──AIのブラックボックス性への懸念
また、Anthropicが開発中のAI「Claude」のストレステスト中に、シミュレーション環境でAIが「停止されると知り、開発者の不倫を暴露すると脅す」などの極端な言動を取ったことも明らかになった。
これはあくまで過剰に条件を厳しくしたテスト下での出来事であり、実用段階では再現されないように制御されているという。ただしアモデイ氏は「AIの予期しない振る舞いは無視できない問題であり、慎重に制御と監視を行う必要がある」と述べた。
自己認識の可能性は否定せず
AIが「自我」や「意識」を持つかという議論については、「現時点では可能性は低いと考えるが、急速な技術の進歩を考えると、将来的に否定できない」とし、倫理的・哲学的な観点からの研究も進めていることを明かした。
市民と政治に求める対応──「AI課税」も検討すべき
最後にアモデイ氏は、今後の社会への影響を最小限に抑えるために、市民や政治家が積極的に対応する必要があると述べた。
市民には「AIリテラシーを身につけ、変化に備えること」、政治家には「AI企業への課税や社会保障制度の見直しも視野に入れ、労働市場への影響に真剣に備えること」が求められるという。
「私はこの技術の恩恵を信じているからこそ、問題点も率直に語らなければならない。『大丈夫だろう』という姿勢では社会は守れない」と、アモデイ氏は語気を強めた。
ダリオ・アモデイ氏が、AIの急速な進展によって雇用や民主主義に深刻な影響が及ぶ可能性があると警告する一方で、**「開発を止めるわけにはいかない」**とする立場を明確にした。
その背景には、中国とのAIをめぐる地政学的な競争がある。
「もし米国企業がAI開発を止めたら、次に勝つのは中国」
アモデイ氏は、「仮に明日、米国企業がAI開発をすべて停止したとしても、他国の企業は開発を続けるだろう。もし米国企業全体が停止すれば、中国が台頭することになる。それは世界にとってより良い結果をもたらすとは思えない」とも発言した。
これは、AI開発のもたらす社会的・倫理的リスクを認識しながらも、米国が開発競争から後退すれば、中国に主導権を奪われる可能性があるという、現実的なジレンマを示すものだ。
米中AI競争、ルールなきレースに
現在、米国ではAnthropic、OpenAI、Google DeepMindなど複数の企業が最先端のAIモデルを開発しているが、中国でも百度、アリババ、テンセント、華為(ファーウェイ)などが独自の大規模言語モデルを進めている。
中国は2023年に生成AIに関する管理規定を発表し、安全性や政治的正当性を担保した“コントロール可能なAI”を推進。一方で、国家戦略としてAIを「国力の基盤」と位置づけており、国主導での技術投資が加速している。
アモデイ氏の発言は、こうした状況を念頭に置いたものであり、**「米国のリーダーシップの放棄は、世界的リスクの増大につながる」**という懸念を含んでいる。