1.「日本初のAI戦略」が示した異例の自己告白
2025年12月、日本政府は初めてとなる国家レベルの「AI基本計画」を公表した。
朝日新聞はその内容をこう評した。
「出遅れが年々顕著」
「社会実装が進んでいないことが大きな障害」
国家戦略文書にここまで明確な遅れの自己認識が書き込まれるのは異例だ。
これは単なる慎重な表現ではなく、政府自身が“取り返しのつかない遅れ”を意識している証拠である。
一方、ほぼ同時期に日経新聞は、経産省がAI・ロボット分野に5年で1兆円規模の支援を行う構想を報じた。
この二つのニュースは、一本の線でつながっている。
「もう待てない」
「今動かなければ、日本は次の産業革命から脱落する」
という危機感だ。
2.「市場が見えない」という判断は、どこから来たのか
日本では長らく、学術界・産業界の一部から次のような声が聞かれてきた。
- 人型ロボットはペイしない
- AIの社会実装は慎重であるべき
- 日本は製造業向けの漸進的改善で十分
- 市場がまだ見えない
これらの主張は、一見すると合理的に見える。しかし問題は、何を「市場」と定義していたのかにある。
多くの場合、その市場とは:
- 既存の国内製造業
- 既存の顧客
- 短〜中期で投資回収できる案件
つまり、1980〜2010年代の産業ロボット時代の延長線だった。
だが世界が見ていた市場は違った。
- 労働力そのものの代替
- 介護・物流・建設・警備といった非製造業
- 人口減少社会全体を支えるインフラ
- グローバルで5兆ドル規模に膨らむ新産業
市場が「見えなかった」のではなく、見ていた“時代”と“範囲”が違っていたのである。
3.世界は「AI×ロボ」を国家戦略にしていた
日本が議論を続ける間に、世界はすでに次の段階に進んでいた。
- 米国:民間主導でAIとロボットを統合、量産と実装へ
- 中国:国家主導で人型ロボを「次の自動車産業」と位置付け
- 欧州:規制と並行して社会実装を推進
これらの国々は共通してこう考えている。
AIとロボットは単なる技術ではなく、
国力・安全保障・労働力を左右する基盤インフラ
だからこそ、「短期でペイするか」ではなく「やらなければ国家が衰退するか」で判断してきた。
4.なぜ日本はここまで遅れたのか
日本の遅れは、技術力の欠如ではない。
意思決定の構造に原因がある。
- 学術界:既存モデルを基準に慎重論
- 産業界:短期採算を重視
- 行政:専門家の慎重意見を尊重しすぎる
- 社会:失敗への極端な忌避
その結果、
「今はまだ早い」
「市場が見えない」
「もう少し様子を見よう」
という判断が10年以上積み重なった。
そして気づいたときには、世界はすでに量産・実装・データ蓄積の段階に入っていた。
朝日新聞が書いた「焦り」とは、この時間を失ったことへの焦りに他ならない。
5.1兆円支援が意味するもの
経産省の1兆円支援は、「思いつき」ではない。
それは、
- 市場が存在することを認め
- 出遅れを公式に認め
- 今さらでも追いかけなければならない
という遅すぎる覚悟表明である。
皮肉なのは、かつて「市場が見えない」と言われていた分野そのものに、今、国家予算が投入されようとしている点だ。
6.出遅れAI戦略が突きつける問い
このAI戦略は、日本に二つの問いを突きつけている。
- なぜ「見えない」という言葉が、長年ブレーキとして機能してきたのか
- 次の技術革命でも、同じ遅れを繰り返すのか
もし今回も、
- 実証止まり
- 縦割り
- 慎重論の無限ループ
に陥れば、1兆円は消えるだけで終わる。
逆に言えば、ここで初めて、日本は「過去の成功モデル」を手放すかどうかを試されている。
結論
「出遅れAI戦略」という言葉は、日本への批判であると同時に、最後の警告でもある。
市場は突然現れたのではない。
世界ではずっと見えていた。
見えなかったのは、日本の意思決定の視界だった。
今回のAI戦略が「出遅れの記録」になるのか、それとも「転換点」になるのか。その答えは、これから数年の実装の速度で決まる。