
OpenAIが2025年5月、ジョナサン・アイブ氏の設立したハードウェア企業「io Products」を65億ドルで買収した。テック業界の注目は、この“異色の組み合わせ”がどんな未来を生み出すかに集中している。「AiPhone」と呼ばれるかもしれない新たなプロダクトが、早ければ2026年にも市場に登場すると噂されている。
デザイナーはトップに立てなかったAppleの矛盾
Appleは創業以来、「デザイン主導」を掲げてきた。iMac、iPod、iPhone、Apple Watch——いずれも、見た目と触り心地、直感的な操作性を重視した製品群であり、それを支えたのがジョナサン・アイブであったことに異論はない。
だが歴代CEOを見ると、そこに“クリエイティブ出身者”の姿はない。スティーブ・ジョブズはビジョンとセールスの人であり、ティム・クックはサプライチェーンと経営の達人だった。ジル・アメリオやジョン・スカリーも、工学やマーケティング出身である。
Appleは「天才をトップに据える」のではなく、「天才が最大限に力を発揮できる構造」を整えることに長けていた。デザイナーは尊敬されつつも、決定権の最上層には置かれなかったのだ。なぜなら、アーティストの美意識とビジネスの持続性はしばしば矛盾するからである。
Altmanはなぜ“Appleがやらなかったこと”を選んだのか
しかし今、OpenAIのサム・オルトマンは、その“矛盾”に真っ向から挑もうとしている。AIという未定義のインターフェースを構築するには、過去の構造にとらわれない創造力が不可欠だ。GPTのような大規模言語モデルをただスマホに載せるのではなく、**AIと共に生きるための“新しい道具”**をつくる必要がある。
オルトマンは合理的な戦略家であると同時に、「テクノロジーは人の心に寄り添うべきだ」という思想家でもある。その彼が選んだパートナーが、アイブ氏だったのは必然だったのかもしれない。
アイブはiPhoneで「使う気持ち良さ」を定義した人物だ。彼に新しいAI体験の物理的な“入口”を委ねることは、OpenAIにとっても自社技術の感性面を補う意味で理にかなっている。
「ハードウェア」ではなく「体験の再設計」?
では、彼らが生み出す“AiPhone”とは何か? それは既存のスマートフォンの焼き直しではなく、まったく異なる文脈での「人とAIの接点」だろう。
・画面を見ずに、音声や視線、ジェスチャーで操作できる
・AIが先回りしてユーザーの意図を理解し、行動を提案してくる
・手で持つより、身につける。使うより、共に存在する
このような体験を支えるデバイスは、見た目の革新性だけでなく、ライフスタイル全体を再構築する提案を含んでいる。そうした世界観を構築できるのは、iMacやiPhoneで「世界を変えた」アイブ氏ならではの仕事だ。
Appleの再演ではない、「Appleの次」の物語である
AiPhoneという名称は、現時点では仮称にすぎない。だがそれが象徴するのは、製品そのものではなく、AIと人間性の再統合というビジョンである。
この挑戦が成功すれば、「デザイナーは経営できない」「ハードは量産の論理でつくるべき」といった20世紀的常識は音を立てて崩れるだろう。
逆に、もし失敗すれば、それは“過去の栄光にすがった愚行”と冷笑されるかもしれない。
だが、テクノロジーと人間の関係が再定義されるこの時代、こうした賭けを恐れない企業や人物こそが、次の文化をつくっていくのだろう。大いに期待したい。