
2025年7月1日、KDDIは訪日外国人向けの新たな通信サービス「povo2.0 Japan SIM(eSIM)」を全国のローソンで販売開始した。
「空港に行かなくても、手軽に街中のコンビニでeSIMが買える」──一見便利そうに見えるこのサービスだが、その設計をよく見てみると、根本的な“UXの矛盾”が透けて見えるのではないか。
この記事では、「povo2.0 Japan SIM」を、通信技術とユーザー体験の観点から掘り下げる。
■ 通信を買いにきた人に「まずネットにつないでください」
このサービスで提供されるのは、物理SIMではなくeSIM(Embedded SIM)。
そのため、ユーザーは購入後にスマートフォンにeSIMプロファイルをダウンロードしてインストールする必要がある。
ところが──ここで矛盾が生じる。
eSIMを使うには、Wi-Fiやモバイルデータなどの“通信環境”が先に必要なのだ。
つまり、通信がないからeSIMを買ったのに、通信がないと開通できない。
本末転倒も甚だしい構造が、eSIMの技術的前提とサービス設計との間に横たわっている。
■ 海外SMS認証という“踏み絵”
もう一つのハードルは、SMSによる本人確認。
povo2.0 Japan SIMでは、eSIMの有効化のために、海外の電話番号にSMSを送って認証することが必須となっている。
だが多くの外国人旅行者は、eSIMを使うために既存のSIMカードを抜いている。または、日本でローミングできない、ローミングのやり方がわからない電話番号を持つ外国人観光客である。
当然、SMSを受け取れず、認証に失敗し、eSIMを使えないまま終わるケースになる。
■ 「ノーリターン、ノーサポート、ノー責任」
このeSIMカードは、ローソンのレジで現金購入する方式。
購入後に開封(PINコードを削る)した時点で、以下の条件が発動する:
- 返品不可
- 再発行不可
- 開通失敗時も自己責任
商品裏面にはこう明記されている。
“No returns, refunds or reissues. KDDI is not responsible for any loss or damage.”
仮に端末がeSIM非対応でも、ローソンのWi-Fiが不安定でも、設定をミスしても、海外の電話番号で認証ができなくても、KDDIは一切責任を負わない。
■ 店頭にスタッフはいない。空港でもない。完全に「放置型サービス」
このeSIMは空港ではなく、コンビニで売られる。
しかし、ローソンの店員が通信設定に詳しいはずもなく、困っても誰も助けてくれない。
「即開通できる」という期待だけが先行し、現場では誰もサポートしてくれないのだ。
たとえローソンのWi-Fiがあったとしても、接続にはSNS認証や日本語UIなどのハードルがある。
海外から来たばかりの旅行者にとって、それは**“トラップ”にも等しい構造**だ。
■ それは本当に「おもてなし」なのか?
KDDIは、全国1万4600店以上のローソンを通じて、このeSIMを訪日客に売ろうとしている。
しかし、その設計には明らかに「通信弱者」への配慮がない。
「誰でも簡単に買えて、誰でもすぐに使える」──そんなイメージを与えながら、実際は高い失敗率と自己責任を強いる。
この構造は、“利便性の皮を被った不親切”であり、むしろ日本の通信インフラや観光ホスピタリティに対する信頼を損ねかねない。
■ これが「観光立国・日本」の通信でいいのか
訪日外国人が日本で最初に触れる通信体験は、その国の「顔」そのものだ。
もしその体験が「開通できない」「サポートがない」「返金もできない」となれば、日本への第一印象はどうなるだろうか。
「通信がないからeSIMを買ったのに、通信がないと使えない」──
そんな自己矛盾の上に成り立つeSIM商品が、日本全国で売られている。
これは決して技術の問題ではない。想像力と設計思想の欠如によって生まれた“構造的UX破綻”ではなかろうか。